吉川美代子は2度の結婚離婚でバツ2!元夫はどんな人?子供はいる?

女性アナウンサーの草分け的存在である吉川美代子さんは、若手の頃TBSの松坂慶子とも呼ばれており美貌でも注目されていました。ここでは仕事一筋に見える吉川美代子さんのプライベートについて深く掘り下げてみたいと思います。

吉川美代子の身長・年齢・血液型は?出身地は神奈川で大学はどこ?

 

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生年月日:1954年5月8日(64歳…2018.9月時点)
出身地:神奈川県横浜市
出身大学:早稲田大学教育学部
身長:160cm
血液型:AB型
所属事務所:キャスト・プラス
著書:ラッコのいる海(1992年)、アナウンサーが教える 愛される話し方(2013年)

1954年に神奈川県で生まれた吉川美代子さんは、子供の頃からよくTBSラジオを聞いていて、アナウンサーに憧れを持っていたそうです。本気でアナウンサーを目指すきっかけになったのは、中学時代にTBSのラジオ番組で、生徒代表としてブラスバンド部の紹介を行った際に、山本文朗アナウンサーから褒められたことだと明かしています。

このエピソードについてはTBSの入社時にも語っており、入社後は山本文朗アナウンサーと先輩、後輩として親しく接していたと言われています。

当時のアナウンサーは、コネがなければなることが難しいと言われていたため、採用試験の準備と並行して、中学の社会科教師を目指して教員採用試験を受験し、合格しています。

1997年の大学卒業後は、TBSにとって9年ぶりの女性アナウンサー、約300倍の倍率を潜り抜けてアナウンサーとなります。同期には今も活躍する三雲孝江さん、1期先輩には生島ヒロシさんがいますが生島さんとは特に仲が良かったそうです。

入社のきっかけとなり、アナウンサーとしての悩みの相談相手にもなってくれていた山本文朗アナウンサーとは、1994年に山本穴がTBSを退社してからも交流が続いており、自宅にも招待されていたと言われています。「なかなか都合が合わないままでいたところ2004年に山本アナが死去、約束を果たせなかったことについて、後悔している」と語っていました。

2014年にTBSを定年退職した後も、キャスターやコメンテーターとして活動を続けており、各局の若手アナウンサーへのご意見番のようにもなっています。

吉川美代子の昔はどんなだった?若い頃が気になる!

 

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吉川美代子さんがTBSに入社した頃のあだ名は「TBSの松坂慶子」で、容姿が似ていることだけでなく、他のアナウンサーにはない華やかさがあったと言われています。

1970年代のTBSを代表する番組「ザ・ベストテン」では、追っかけウーマンとして中継レポーターを務めていましたが、司会の黒柳徹子さんからも可愛いと絶賛されていました。

アナウンサーとしての実力は300倍もの倍率をくぐり抜けて入社したことを見ても明らかですが、それ以上に視聴者を引き付ける存在感を発揮していたことがわかります。

ただTBSが9年ぶりに女性アナウンサーを採用したことからもわかる通り、当時の報道は完璧な男性社会だったそうで、国会記者クラブ担当となった時などは、色々と悩むこともあったそうです。

テレビに映る姿は明るく、可愛らしくはきはきとした女子アナウンサーの鏡と言っても良いものでしたが、その裏では女性というだけで多くの苦労をしていたようです。

とはいえ、男性アナウンサーに負けないアナウンス技術と持ち前の根性で周囲に認められるようになり、アナウンサーとしての地位を確立し、若い頃の吉川美代子さんを知る人からは、「今の女子アナにはないものを持っていた」と言われています。