戦争体験から参議院選挙出馬まで!宝田明の現在までの驚きのエピソード

宝田明の人生がすごい!

俳優の「宝田明」の人生は驚きのエピソードばかり!戦争体験から参議院選挙出馬まで!今だから知るべき昭和のスター「宝田明」の壮絶な俳優人生を徹底紹介します!

宝田明のプロフィール紹介!年齢・身長・本名は?

1934年4月29日生まれ(現在83歳)、身長は182cm、本名は寶田明です。出身地は朝鮮・咸鏡北道清津で国籍は日本です。父親が技師であり、朝鮮総監督府で海軍部官を勤めていた祖父の勧めで朝鮮総督府鉄道に勤務していました。

宝田明は、6人兄弟で2歳の頃に父の南満州鉄道への転勤のために満州に移りました。1947年、宝田明は12歳の頃にハルピンから引き揚げ、博多から父の故郷新潟県の村上市に移りました。なので、宝田明は、英語、中国語、日本語の3ヶ国語を話すことが出来るそうです。

宝田明の俳優人生

1953年東京都立豊島高等学校卒業後に、東宝ニューフェイス第6期生として俳優生活をスタートし始めました。翌年の1954年に「ゴジラ」で初主演を果たしました。

ルックスも良く二枚目俳優として東宝映画の若手トップスターにすぐに上り詰めました。それからも数多くの映画に主演として抜擢されました。昭和の俳優らしく、連日連夜銀座に繰り出し豪快に夜遊びしていたそうです。

1966年4月29日に日本人初のミス・ユニバースの栄冠に輝いた「児島明子」と結婚しました。

1960年代は、東宝と香港のキャセイ・フィルムとの合作映画に出演し、香港から台湾などアジア各国でも絶大な人気を博しました。

それ以降も1964年に公開された「モスラ対ゴジラ」や、2004年に公開された「ゴジラ FINAL WARS」に出演するなど、昭和から平成にかけ多く出演していました。また映画だけに限らず、ドラマや舞台、アニメやゲームの吹き替えなどにも数多く出演していました。

最近では2016年6月10日に政治団体「国民怒りの声」より第24回参議院議院通常選挙の比例区候補として出馬することが公表されましたが、17日には出馬を取りやめたことが発表されました。

戦争体験のエピソード

プロフィールでも説明しましたように、2歳の頃に親の転勤で満州に移り、宝田明は小学校2年生から終戦までは、ハルビンで暮らしていたそうです。宝田明は幼い頃に戦争のど真ん中にいたということです。宝田明はインタビューでもその当時の壮絶な状況を語っています。

一体どれほど壮絶な状況だったのか!?

ソ連軍は日本人に対してやりたい放題だったそうで、略奪、暴行、陵辱の限りを尽くし、日本人はみんな子ヤギのように脅えていたそうです。そんな状況を幼い頃に経験したそうです。

戦争を知らない若者には想像も出来ないかもしれませんが、家に押し入られ、頭に銃を突きつけられたことがあるとか。

他にも、出征した兄が乗っているかもしれないと、ホームを歩き回っていると、見回りのソ連軍に見つかり右の腹を撃たれ、転げるように家に戻り、元軍人という人に来てもらい、麻酔や手術道具もない状態で緊急手術を行ったそうです。それでも生きるために、靴磨きからタバコ売りをし、ソ連兵から黒パンの端切れをもらう毎日。

そしてやっと1946年11月に日本へ引き揚げました。しかし宝田明の兄が強制使役に行ったまま半年戻って来ていませんでしたが、止むを得ず両親と弟と4人で出発したそうです。

兄はソ連軍の兵舎で飯炊きをさせられていました。1947年にやっと解放され社宅に戻りましたが家族はいませんでした。1人で南へ南へと歩き、密航船に乗るために15歳の若い少年が1人でお金を稼ぎ、日本までたどり着いたそうです。今の私たちには想像も出来ませんが、15歳の少年には、あまりに過酷な体験ですよね。

宝田明の母はどんな人?

母親の名前などは明かされていません。また終生を語る事もありませんでした。もちろん宝田明の母親もハルビンで暮らしていました。

母親は30代になったばかりの頃でした。ソ連兵は母親を別室に連れて行き、宝田明含め父や兄は銃を突きつけられ何も抵抗できない状況で、30分ほどしてソ連兵は帰って行ったそうです。

宝田明は母親が死ぬまで、この時に何があったのか聞く事は出来ませんでした。母親はハルビンから帰って来てからも必死に働いていたそうです。

宝田明の俳優人生!「ゴジラ」初主演

工藤尚之さん(@nao_kudoh)がシェアした投稿

宝田明は、1954年から2016年まで続いた映画「ゴジラ」シリーズの第1作目「ゴジラ」の主演
に大抜擢されていたのです。ゴジラシリーズには1作目から全部で7作品に出演しています。

俳優生活をスタートしてわずか1年でゴジラの主演に抜擢されるなんて凄いですよね。主演に抜擢された時の気持ちを宝田明は「天にも昇る気持ちでした」と話していました。