「カノッサの屈辱」出演俳優・仲谷昇の代表作紹介!元妻は岸田今日子

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映画やドラマ、バラエティ番組の貴重な存在だった仲谷昇

「やあ、みなさん。私の研究室へようこそ」という仲谷昇さんのセリフでおなじみ、平成初頭に大人気だった深夜のテレビ番組の中でひときわ有名なのが「カノッサの屈辱」でした。

バラエティ番組なのに面白いセリフを真面目な口調で話す教授役のギャップが、若者層から絶大な人気を得ていました。

絶妙な演じ分けと、類を見ない個性が演劇や映画界には欠かせないといわれていました。今回は、そんな天性の俳優仲谷昇さんのプロフィールや有名作品、岸田今日子さんとの関係などをご紹介します!

俳優・仲谷昇のプロフィール紹介!身長・若い頃は?

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名前:仲谷昇(なかやのぼる)
本名:仲谷昇流(なかやのぼる)
生年月日:1929年5月4日
出身地:東京府(現在の東京都)東京市芝区高輪
職業:俳優
ジャンル:舞台・テレビドラマ・映画など
中学校:麻布中学校
大学:中央大学法学部中退
趣味:競馬・野球・タバコ
没年月日:2006年11月16日(77歳没)
死没地:東京都港区

仲谷昇さんは、超ド級のヘビースモーカーでした。1日100本はタバコを吸っていたようです。

競馬好きが高じて、雑誌連載を担当していました。野球も好きで、文学座時代は野球部に所属。読売ジャイアンツのファンでもありました。

法律家を志した49年に中央大学法学部に入学しましたが、演劇に魅了され、翌年50年に大学中退。文学座付属演劇研究所に入所しました。同期には、北村和夫、小池朝雄がいました。

バラエティでも活躍!カノッサの屈辱やマジカル頭脳パワー

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1990年~1991年の深夜に放送されていた、教養バラエティ番組、カノッサの屈辱で教授としてナビゲーターを担当。

企業などを戦国時代やローマ史などに当てはめた説明で、面白おかしく企業や歴史を学べた番組でした。

バラエティ番組なのに、 仲谷昇さんが超が付くほど真面目に番組進行する姿がウケにウケました。仲谷昇さんの新境地となりました。

マジカル頭脳パワーでは、番組内で最終問題として出題されていたマジカルミステリー劇場という推理クイズのコーナーで名推理で解決する、私立探偵の中谷昇一として出演し人気物でした。

仲谷昇はドラマ「キイハンター」で室長役!

 警察では解決できない事件を解決するキイハンター。

キイハンターでの仲谷昇さんは、キイハンター創設者の国際警察特別室室長の村岡役を演じていました。室長の役柄は、常に冷静沈着だったようです。

裏でキイハンター達に指令を出してる室長。モノクロ時代のキイハンターでは、現場捜査にも参加していました。

当時1時間ドラマの制作費は1話800万円台でした。キイハンターは1話1000万円台だったそうです。

仲谷昇のその他出演作品やエピソード!

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1950年代~1960年代頃の作品

1951年に文学座研究生になり、武蔵野夫人で初舞台。その後、文学座の俳優として活動。1953年、今井正監督のオムニバス映画にごりえ(第2話大つごもり)で映画デビュー。

この撮影中に仲谷昇さんが監督に、芝居に隙があり過ぎるので、別の方法で演じるべきでした。その言葉に監督は、解体したセットを再度組み直させ、撮り直しをしたそうです。

1963年に文学座を辞め、現代演劇協会付属劇団の雲を創立しました。1975年に再び脱退して、演劇集団の円を開始。

1963年、原作者の戸川昌子が妻役を演じ、浮気を続ける財閥の娘婿役を猟人日記で演じました。1964年、砂の上の植物群。おんなの渦と渦の流れでは連続で主演を務めています。

1964年の小林正樹監督のオムニバス映画怪談の第4話茶碗の中では1度見たら忘れられないほど恐怖を味わう侍役を演じています。

1970年代~1990年代頃の作品

1976年、さらば夏の光よ。1977年、江戸川乱歩の陰獣。1978年、日本の首領(ドン)完結編。1979年、悪魔が来りて笛を吹く。1984年、小説吉田学校他に出演。

TVでは、1980年に平沢貞道役を巧妙に演じた帝銀事件大量殺人・獄中31年の死刑囚。特撮ものに出演することも多かったようです。1974年、ウルトラマンレオ。1978年、スパイダーマン。1982年、大戦隊ゴーグルファイブ。などに出演。

1989年~1998年には鬼平犯科帳の京極備前守役。1991年もう誰も愛さないでは、戸川啓介役をされています。

1992年、映画ひき逃げファミリーでは、ちょっとボケてきている祖父役を好演。完璧な演技力が絶賛されました。

1992年には、演劇集団円の代表に就任。ここからは映画出演が減っていきました。1997年、マルタイの女出演以降は映画出演はされていないようです。

仲谷昇の元妻は岸田今日子!離婚理由や再婚は?

岸田今日子さんと夫婦だったのは1954年~1978年。文学座の頃からの仲間でした。文学座の脱退も、劇団雲の設立もともに歩んでいます。そして1968年には西條まゆ(さいじょう まゆ)という娘さん生まれています。

離婚の原因は、岸田今日子さんの評判が高くなるにつれて仕事が多忙になり、夫婦としてギクシャクしてしまったようです。

離婚後、西條まゆさんは岸田さんが引き取りました。ご両親とは違い、芸能関係の仕事には就いていないようです。

しかし、離婚後2人とも演劇集団円に所属していたので、それぞれが夫婦の壁を取り去って、俳優としての道を歩まれたのでしょう。

その後、1980年に一般女性と再婚しましたが1997年に離婚。そして、2002年に一般女性と再々婚をされています。残念ながら一般女性との間にお子さんがいらっしゃるかどうか、それは分かりませんでした。

お2人には、やはり繋がりがあったのでしょうか。仲谷昇さんが他界した約1ヶ月後、岸田今日子さんもお亡くなりになりました。

 仲谷昇の死因は?

2006年11月16日7時22分、喘息が悪化し慢性閉塞性肺疾患のため、東京都港区の病院で死去、77歳でした。葬儀は家族だけの密葬。その後に劇団葬を行ったようです。

仲谷昇さんは、妥協を許さない俳優だったそうです。お若い頃はインテリ風なイケメンで、年を重ねるごとに深い渋みを兼ね備え、貫禄たっぷりの俳優さんになっていました。

最期に近くなってからは、舞台の活動に戻った仲谷昇さん。原点回帰だったのでしょうか、それとも自分が自分でいられた安住の地だったのでしょうか。

仲谷昇さんの舞台はもうご覧にはなれないかもしれませんが、実はキイハンターは海外にもファンが沢山います。

あのジャッキー・チェンも大ファンだったそうです。今見ても面白いと思いますので、仲谷昇さん演じる室長役にご注目のうえ、みなさんもぜひご覧になってください!