渥美清の死因は肺ガン!謎の多い晩年の私生活に迫る!

国民的映画とも呼ばれる男はつらいよで寅さんを演じた渥美清さんが亡くなって20年以上が経ちます。多くの人に愛された昭和の大スターではあるものの意外と晩年には謎が多いようです。今回は死因なども含めた渥美清さんの晩年の私生活に迫ってみましょう。

渥美清のプロフィール!妻子は?

 

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本名:田所康雄
生年月日:1928年3月10日
没年月日:1996年8月4日
出身地:東京府東京市下谷区(現在の東京都台東区)
身長:173センチ
著名な家族:田所健太郎(長男)

1928年3月10日、現在の東京都台東区で生まれた渥美清さんは病弱な子供で小児腎臓炎や小児関節炎など様々な病気を患っていたそうです。病気で学校を休んでいる間はラジオの落語を聞き、それを学校で披露すると言ったこともしていたそうです。

中学校入学後は学徒動員で軍需工場に駆り出されたり、卒業後は東京大空襲で自宅が被災したりと戦争のために色々と大変な目にも遭いました。卒業後は行員として働き始めますが、この時期にテキ屋の手伝いもしており、後の寅さん役に役立ったと言われています。

1951年にストリップ劇場専属のコメディアンとなりますが1954年には肺結核で右肺を切除、サナトリウムで2年間の療養生活を送ることになります。復帰後も胃腸を患い1年間の入院を余儀なくされるなど幼いころの病弱だった名残は大人になっても残っていたようです。

テレビデビューは1956年ですが、1961年から1966年まで出演していたNHKの夢であいましょうや若い季節でコメディアン渥美清の名前を全国区にしました。寅さんを初めて演じたのは1968年にスタートしたフジテレビのドラマ男はつらいよですが、翌年には松竹で映画化され国民的映画シリーズが生まれることになります。

プライベートについてはあまり明かしていませんが、家族は妻と子供2人で長男はフリーラジオディレクターの田所健太郎さんです。渥美清さんが死去した際はニッポン放送に勤務していましたが息子であることを社外に公表したのは渥美さんの死後、それまでは一切外部に漏らすことはなかったそうです。

渥美清の死因は肺ガン!晩年は歩くこともままならず!

 

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渥美清さんの最終的な死因は肺ガンとされていますが、最初に発症したのは1991年に見つかった肝臓ガンです。肺に転移したガンが見つかったのはその3年後、ガン発症から5年ほどで亡くなられたということです。

肺ガンの手術からわずか4日後に亡くなられたことで手術が死の原因だったとも言われていますが、医療に関することだけに手術すべきだったのかどうかという判断は担当の医師にしかわからないでしょう。

1991年と言えば男はつらいよ第44作を撮影していた頃ですが、撮影以外では立っているのも辛いほどだったそうです。これ以前の2作目あたりから周囲が体調に配慮して撮影本数を年に1本に減らしたりもしていました。48作目が撮影できたのは奇跡とも言われるほど病状は悪化、49作目の撮影を控えていた中で手術を受けましたが帰らぬ人となりました。