雨宮塔子アナウンサーと旦那(夫)との離婚原因!子供は?今現在は?

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雨宮塔子の元旦那(夫)はパティシエ青木定治!離婚の原因についても

雨宮塔子は1990年代にTBSで主にバラエティを中心に活躍していました。退社後は渡仏し、パティシエである青木定治と結婚し2人の子供をもうけました。

しかし、パリでの13年間の結婚生活にピリオドを打ち、仕事に復帰するために帰国します。古巣のTBSで報道の顔となった雨宮塔子。何が離婚の原因なのかを徹底的に調査したので紹介していきましょう。

雨宮塔子のプロフィール!身長や血液型は?

名前:雨宮塔子(あめみや とうこ)
生年月日:1970年12月28日
年齢:47歳(2018年現在)
出生地:東京都杉並区
血液型:O型
身長:163cm
職業:フリーアナウンサー、エッセイスト
所属:プントネリア

東京都杉並区荻窪出身の雨宮塔子は成城学園高等学校を経て成城大学へ進学。卒業した1993年4月にTBSにアナウンサーとして入社します。

TBSに入社後はバラエティを中心に担当していました。早朝の情報番組「ザ・フレッシュ!」などの司会を担当、またラジオでも複数のレギュラー番組を担当し、女性アナウンサーとして人気を博しました。1995年に発生した阪神・淡路大震災のときには大阪の毎日放送に出向き、報道関連の原稿を読むことも。

1999年にTBSを退社し、学生時代の夢を叶えるためにフランスへ遊学し、美術史やフランス語を学びました。遊学中の2002年6月にパティシエの青木定治と出会い、6ヶ月後の12月に結婚し、翌年には長女を出産、2005年には長男を出産し、パリに在住することに。

身長は163cmとアラフィフにしては高いのではないでしょうか。また、血液型はO型ということです。

元旦那(夫)青木定治との離婚原因は?

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離婚理由その1 青木定治とのすれ違い

パティシエである青木定治とは2002年のパリ遊学中に知り合い、半年の交際期間で結婚するというスピード婚でした。1男1女をもうけましたが、2015年に離婚してしまいます。その理由は何だったのでしょうか。

青木定治は1991年に渡仏、1998年にアトリエを構え、2001年にはショップをオープンします。パリで活動していましたが、2005年には日本初の出店。2005年から2015年まで雨宮塔子は1人、子育てに大忙しの時期でした。

そのときのことについて雨宮塔子はこう語っています。「彼が日本に店を出して10年が経ち、離れていることが多かった。パリで子育てをしている自分と共有できるものが少なくなり、寂しさに耐えきれなかった」

離婚理由その2 雨宮塔子の浪費

すれ違いが多くなるとともに夫婦の溝が深まったと伝えられていますが、その一方では雨宮塔子自身の問題があると芸能関係者が明かしました。

雨宮塔子はパリでの生活を綴った著書を9冊出しているのですが、そこには食べ歩き、ショッピングなどリッチな生活が描かれているとのこと。

子供をシッターにまかせ、オペラや日帰り旅行、高級デパートで食材を買いつけるなど浪費が離婚のダメ押しをしたとも伝えられています。

しかし、これらはただの憶測にすぎません。これだけで離婚に至ったわけではなく、夫婦だけにしか分からない理由があると思います。また、ヨーロッパでは個人主義が浸透しており、離婚は特に珍しいことではありません。離婚に対するイメージはフランスと日本では多いに違うようです。

元旦那(夫)の再婚相手に子供を押し付けた?子供の年齢は?

フランスでは共同親権が当たり前

フランスで結婚していた雨宮塔子と青木定治は、フランスの法律にのっとり離婚後も夫婦両方で子供の面倒を見ることになっています。日本では親権がどちらかになるのですが、フランスでは共同親権になっているからです。

とはいえ、雨宮塔子は現在は日本での活動が多くなっているので、自然と父親である青木定治が子供の面倒を見ることが多いようです。子供ももう13歳と15歳で自分の意思もありフランスでの生活を希望しているようです。

青木定治の再婚相手の不満

フランス在住の青木定治は2015年8月に再婚しているので、相手の女性(以下A子さん)も子供の世話をしなくてはなりません。それについてA子さんは子供の世話を押し付けられたと不満を漏らしているそう。

共同親権といえど、雨宮塔子の仕事が平日の夜遅くのため、毎週パリへ戻るというのは無理があるでしょう。もちろん長期の休みのときに子どもたちが雨宮塔子を訪ねるということも有りうると思いますが、平日に家事を負担するのはA子さんになります。

そのことについては事前に分かっていたことですから不満を漏らしても仕方ないことです。雨宮塔子も好きで子どもたちと離れたわけではないしょうし、子どもたちも母と離れ寂しい気持ちもあるのではないでしょうか。これからもさまざまな選択肢があると思うので、なんとか幸せな着地点を迎えてほしいです。